2013年4月3日水曜日

ブッシュの越境

カーテン越しに漏れてくる陽光に胸を撫で下ろし、今日の1日が始まった。
雨続きのこの地域にあって、今日ばかりは晴れてもらわないと困る。
なぜなら、今日は船でオイギンス湖を縦断し、アルゼンチン側に入るのだが、その先に道はない。
厳密に言うと道はあるのだが、それは現代では道と呼べない代物で今風にかっこ良く言うとトレイルともいうし、悪く言えば獣道とも言えるだろう。
そんな道を自転車で走れるわけもなく、その大半は押しや担ぎが入る道なんだとか。
カレテラアウストラル最後にして最大の難関。
そんなだから、せめて天気ぐらいは晴れてもらわないと困るのだ。

出発準備を整え外に出ると、雲が前夜の強風に伸ばされたのか、見たこともない形に幾条にも引き伸ばされていた。
DSC00888_RDSC00220 (39)_R
曇り空で視界の晴れなかった前日は、これほどにこの村が山にぐるりと囲まれた村だとは気づかなかった。
朝空にくっきりと映える山容を眺めながら船の出港する港へと向かった。
DSC00892_R
村から約8km離れたところに船着場はあり、その突き当りにカレテラアウストラル終点を示すサインもあった。
DSC00900_R1247km。
これは恐らくプエルトモンからの距離だと思うので、実際に僕が走ったのは1000kmちょっと。
1日の中で必ずどこかは雨に降られたけれど、美しい森、山、川に湖、氷河と可愛らしい村々が印象的な街道だった。
誰が言ったか分からないがここは“世界で一番美しい街道”だそうだ。
いざこの道を走り終えると、何となく実感としてそう思えてくる。
いつもなら、そんなもの誰かの主観で決めたものだろと斜めから見る自分でも納得できたのだから
たぶん誰が行ってもこの街道は、心を揺り動かす景色があるに違いない。
天候に恵まれず、途中でこの街道を切り上げようかとも思ったが、改めて走りきってよかったと思った。

船着場には僕が一番乗りだった。
しばらくすると、湖岸沿いから続々とサイクリストたちがやってきた。
あの小さなオヒギンスの村にどこに隠れていたの?と思うくらい総勢11名。
アランやマティアス、アンドレアの見慣れた顔ともここで合流した。
ドイツ、スイス、イギリス、カナダ、ベルギー、オランダ、メキシコ、日本…なかなかにインターナショナルな顔ぶれ。
一様にチャリといってもそれぞれにスタイルが違うのが面白い。
こうして見ると自分はかなりオーソドックスな部類に入ると思う。
何となくイメージだが、フランス人は極端に装備が軽量だったり、変わり種の自転車に乗っている人が多い。リカンベントという寝椅子タイプの自転車に乗っている人もいた。
ドイツ、スイスは割りと装備もしっかりしていて、荷物も多め。
日本人とも似たスタイルで比較的年齢層も高い気がする。
まぁマティアスたちの荷物量は別格なんだけれど。
聞くと彼らは今日は氷河観光して、明日馬を借りて越境するそう。
たしかにあの荷物は自力じゃ無理だよな。
DSC00907_R結局、乗客の半分がサイクリストという船は定刻通りに出港した。
途中、ゴムボートに乗り換えて1組の家族が下船していった。
船にはベッドや食料、雑貨などが積まれていたので、ここに住んでいる人だろうか?
どこからともなく迎えのトラックもやっていたりで、もしここに住んでいるとしたら世界で一番の辺境地に暮らす家族認定だろう。DSC00917_Rその後船は順調に航海を続け、不思議な色をしたオヒギンス湖を進んだ。
DSC00919_RDSC00923_RDSC00220 (44)_Rしばらくすると、船内放送が流れた。
『フィッツ・ロイが見えます』と。
慌てて客室の上にあるデッキに駆け上がると、前方の山の向こうにちょんと突き出た尖塔が見えた。
DSC00220 (50)_R
パタゴニアのシンボルとも言えるフィッツロイ山。
アウトドアブランドpatagoniaのモチーフとも言われているフィッツ・ロイの見えるところまでついにやってきた。
といってもここから見えるのは、ほんのちょっと先っちょだけなので、いまいち興奮も湧き上がってこないのだが。
ただこの辺りに来ると猛烈な風が湖を吹き荒れ、船は激しく上下動した。
パタゴニアの風だ、と思った。
何がどう違うとは上手く説明出来ないが、この風はこれまでの風とは違う気がした。
氷河の冷涼な空気を含んだ風は南西の方角からびゅうびゅうと風切り音をたてている。

『パタゴニアの風だね』と僕がアランに言うと、
「そうだよ、追い風だといいんだけどね」と返ってきた。
確かにこの風をまともに正面から受けたら大変だよな。

パタゴニアさん、どうぞお手柔らかにお願いします。
DSC00220 (54)_R
船は3時間半かけて対岸のマンシージャに到着。
表が観光にいかない僕等はここで船を降りる。

アラン、マティアス、アンドレアにチャルテンで会おうと約束しお別れ。
残った7名のサイクリストで本日の国境越えを目指す。
DSC00220 (60)_Rのっけから自転車で乗れない細いガレ道が始まる。
出鼻をくじかれつつ、手押しで進む。
ここまで乗れないのは、ボリビアの宝石の道以来となるが、あのときと違って今回は同じ仲間がいるので心強いことこの上なし。
DSC00220 (69)_R1kmほど進むとチリのイミグレに到着。
DSC00220 (71)_R季節限定の観光船でしか寄れない場所に、なぜイミグレが存在するのか疑問だが、まぁおかげでこうして国境越え出来るわけだし、深くは考えないようにしよう。
ちょうど、アルゼンチン側から国境越えしてきたおじさん二人組がいたので、道の状況を尋ねると
『あんなところ走るもんじゃないよ、ただ大変だったよ』
と大層疲れた表情で教えてくれた。

そういえば、これまでも北上サイクリストにはちょこちょこ会っていて、この国境越えをした人たちにそのことを尋ねると、みな一様に声のトーンも表情も暗くなっていたのを思い出す。

そんなに大変なのか…。

このチリ側の道ですらかなり大変なのに、アルゼンチン側はもっときついらしい。
DSC00220 (72)_R強引に標高を稼ぐようなガレ場を越えると、路面状況はともかくなんとか乗れるようになった。
林を抜けると、フィッツ・ロイが船で見た時よりもはっきりと姿を表しだした。
DSC00939_RDSC00220 (77)_Rそこから飛行場というにはあまりにお粗末な滑走路を横切り、ぼろぼろに朽ち果てた橋をソロソロと渡り、アルゼンチン国境に着いた。
DSC00946_RDSC00947_RDSC00950_R
国境はただ、アルゼンチンの看板があるだけ。
そしてここからはこれまでかろうじて道と呼んでも差し支えなかった道も途端に途切れた。
DSC00952_RDSC00956_RDSC00959_R
肩幅分程度しかない道幅に、ゴロゴロとした石、雨でぬかるんだ足場。
自転車が全く役に立たず、ただのお荷物と化した。
ここでバックパックを取り出し、重い物、嵩張るものを移し変えた。
押して運ぶより、背負って運ぶのだ。
DSC00965_RDSC00972_Rこの作戦は見事に的中し、乗ることは出来ないまでも、自転車を押すことが苦でもなくなった。
むしろ何かのアドベンチャー風で楽しい。
倒木があればフレームの前三角に肩を入れて自転車を持ち上げ、越える。
川になっているところは自転車を支点にして体を支えてか細い木の上を渡る。
急がなくてもいいのに、一人勝手にタイムトライアルを始めていた。

峠付近まで出ると、遮るものが少ないためか雨でずぶずぶにぬかるんだ湿地状になっていた。
DSC00981_RDSC00982_R
さすがにここは軽くした自転車でもずっぽりと埋まる。
それでも雨じゃないだけ、そうとうマシな方なのだろう。

この倒木。
だれかがわざとトレイルに沿って倒したんじゃないかと疑うあからさまっぷり 笑
DSC00989_R
この川は足場が不安定だったので裸足で渡渉。
DSC00991_Rびっくりするぐらい水が冷たくてダッシュで渡る。
DSC00992_R
お次は狭小トレイル。
DSC00997_R
自転車の幅分しかないので、自分は縁の部分を進む。
こんな風に。
DSC01000_R
もはや国境越えというよりも密入国者の気分 笑
しかし、これめちゃくちゃ楽しいぞ。

森を抜けひらけた場所に出ると、いよいよはっきりとフィッツロイが見えた。
DSC01002_RDSC01013_Rあんなに遠かった先鋒がもうすぐそこまで。
ほとんどの旅行者の場合、東側から見るフィッツロイが一般的なので、この北側から見えるフィッツロイはこの国境を越えたご褒美だろう。

麓のデシエルト湖畔にアルゼンチンイミグレがあるのでもう少し!

もう少しはもう少しだったが、ここからほとりに下る道は傾斜がかなりきつく、
体感的には落下しているんじゃないかと思うほど。

トレイルも相変わらず狭く、自転車だけが勝手に落ちていかないようブレーキを握り締めるので、手がつらい。

やっとの思いで下りきり、17時前にイミグレに到着。
韓国人バックパッカーのヘジが先に着いていたが、チャリダーでは僕が一番乗りだった。
この湖も日に数本の観光船を使って渡ることになる。
DSC01015_RDSC00220 (80)_R船の出港時間の19時になっても結局、たどり着いたチャリダーは僕だけだった。。。
確かに、リカンベントチャリダーにトレーラーチャリダーと一筋縄では行かなそうなチャリばっかだったもんな。
DSC00220 (82)_R
時間的に今日中にチャルテンに到着するのは難しそうだったが、行けるところまで走り、
適当な川沿いでキャンプした。
DSC00220 (92)_R
そうそう、デシエルト湖からの船では、日本からの旅行者の方に出会い、あられの差し入れを頂いた。
夜には雨が降りだしたテントの中でおいしく頂きました。
DSC00220 (94)_R
さぁアウストラル街道を突破して、ここからパタゴニアオブパタゴニアが始まるぞ。

0 件のコメント:

コメントを投稿