2013年4月15日月曜日

パイネハイランドパーク

パタゴニア・チレアンサイドの目玉トーレスデルパイネ国立公園へ行ってきた。

風光明媚な観光地として名高いこの地の開発が進んでいることは、
先の情報で少しは頭に入れていたのだが、実際はその想像を遥かに上回る、
演出された自然がそこには用意されていた。
それはまるでパタゴニアという稀代の大自然を舞台にした一大テーマパークのようだ。
 
それでも、シチュエーションにこだわれば、きっと楽しめるはず。
そう思って各キャンプサイトにそれぞれ荷物をデポして向かうのが一般的なWコースを、
全コース、キャンプ道具一式担いでえっちらおっちらと歩いた。
 
途中、一昨年に起きた(ハイカーが起こした)山火事の影響のためか、
二日目に予定していたキャンプ場が二ヶ所、閉鎖されていた。
仕方なく8km先にある有料キャンプ場へ向かう。
結局この日はトータル30km以上をフルパッキングで歩くはめになってしまった。
さすがに息も絶え絶えで着いたキャンプ場だったが、そこで僕は愕然とした。

山小屋併設の売店には、割高ながらも必要なものは全て揃い、
シャワーだって熱々のホットシャワーが出て、それを求めて人が行列をなしている。
果てには、キッチン専用棟があり、シンクやガスコンロが完備されていた。
『いったい、ここはどこなんだ…』
ここは下手なキャンプ場なんかよりもずっとずっと整備されていた。
整備が行き届き過ぎているといった方が正しいくらいだ。

このキャンプ上のルールに従い、防風防雨、必要な物はすべて用意されているキッチン棟で
晩御飯を準備していると、強烈な違和感と寂しさに襲われた。
全面ガラス張りの窓の向こうには、今日ずっと横目にして眺めてきたパイネグランデ山が見える。
けれど、ここで感じるものはそれだけだ。
冷涼な空気も、風切音も、森の微かな優しい香りもそこにはなく、淡々と目に写るだけ。
風防を使う必要のない完璧に風が遮られた室内でストーブに火をつける。
いつもならシュー…ボボボボボ~という燃焼音とともに力強い火柱があがるのだが、
ここでは周囲の談笑に燃焼音はかき消され、ただ炎だけがあがった。
 
キャンプにおいて、ストーブはただの調理道具以上の存在だと思う。
風の強い場所できちんと点火したときの安堵、
調理中の熱がテントに流れて室内を暖かくし、
荒野に力強く響く燃焼音と青の火柱は頼れる無二の存在だ。
ストーブをつけている最中は、僕は無敵になったような、そんな気分にすらさせてくれる相棒なのだ。

自転車でもバックパッキングでも或いはカヤックでもいい。
人力で移動するということは、運ぶ荷物を見極めることだと思う。
そうして選んだ荷物の重さが足や肩、腕にずしりとのし掛かる。
自由の重さを知るとともに、生きるために必要なものなんて、
人力で運べる程度のものしかないんだということに驚く。
そうやって何日か文明からちょっとだけ離れた暮らしをしていると、
自分にとって1日に必要な水の量が分かる。
そして飲水があるってことは貴重なことなのだ。
水だけじゃない。
乾いていること、火の暖かさ、温かい食事を食べれること…
現代生活で忘れ去られてしまった、様々な有り難みに今さらながらに気付く。

キッチン棟で1人料理していると色々な感情が込み上げてきて、涙が流れそうになった。
出来上がったシンプルなトマトパスタを持って、自分のテントに慌てて戻って、
狭い1畳程度の自分の空間で食べるといくらか落ち着いた。
こんなことで悲しくなっている僕はどう考えてもマイノリティなのだと思う。
あの場所にいた大半の人は楽しそうだ。
でも彼らだって、手付かずの自然を求めに来ているのに、
僕たちが遥か昔に捨て去った自然との共生を求めてやってきているのに、
どうして相反する現代の日常を持ち込むんだろう?
いつしか、ここに室内プール付の巨大なホテルでも建設する気か??
 
アメリカのモニュメントバレーがそうだった。
7年前はビジターセンターと、空き地をどうぞご自由にといった感じのキャンプ場だけだった。
そしてビュートと呼ばれる3つ並んだ岩に昇る神秘的な朝日を拝むためには、キャンプしかないのだ。
僕はキャンプ場で最も見晴らしのよい、少し突き出した崖にテントを張った。
だが、その日の夕方強烈なサンドストームにあい、
テントごと吹き飛ばされそうになったところを、たまたま居合わせたドイツ人家族に救われた。

あのときの風の恐ろしさは忘れられないし、
自転車を分解して清掃すると今でもたまにあのときの赤砂がフレームから出てくることがある。
そうして、牙を剥いた自然を身を持って体感したから、
それらをやり過ごす人の作った住居ってのはすごいもんだなぁと思った記憶がある。
そんなモニュメントバレーに一昨年訪れた際、
思い出のキャンプ場はその後建造されたホテルの下敷きになったいた。
今ではもうキャンプも出来ないそうだ。
モニュメントバレーに昇る朝日を見るためには一泊数百$の大枚を払って、
ガラス張りの客室から、風も感じることなく見るしかできなくなったのだ。
 
閑話休題。
 
パイネを巡った人は、ここにパタゴニア極まり!と息巻いて母国に帰るのだろうか。
限り無く本物に近い自然は、ここに来るまでの退屈な地平の向こうに存在するのに。
みんなここまでいっぺん自転車で来ればいいのにと思う。

パタゴニアを回った休み明け、会社の同僚たちにこう言うのかな。
 
「やぁ、休暇はどうだった?パタゴニアに行ったそうじゃないか」

『あぁ、そうさ。あそこは本当に素晴らしい場所だよ!まさしくラストフロンティアだ!!
険しい山々、美しい湖、青を蓄えた氷河…なんてったって、ガスコンロまであるのだから!!』


パイネにはもちろん、息を飲む圧倒的自然の宝庫です。
ただし、それらを取り囲む環境には疑問を抱かずにはいられません。
これがパイネはパタゴニアをテーマにしたテーマパークと思ってしまった理由です。
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