2013年4月12日金曜日

誰も知らない荒野の物語

見渡す限りのパンパを貫く一条の道筋、
大陸の末端に来てもなお、堂々と君臨するアンデスのシルエット、
風に引き伸ばされた雲。

足元に視線を落とすと小さなタンポポが短いこの地の夏を謳歌している。
そこにはイメージ通りのパタゴニアの景色が広がっていた。
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なんとも絵になるシーンではあるが、実はこれには大きな落とし穴が待っていた。


前日はエル・チャルテンを出発し、久々の走行となったものの、
風にも助けられ難なく100km先の道路工事の事務所にたどり着いた。
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このあたりは、人間よりも馬やグアナコといった動物たちの方が主役。
荒野を駆ける姿は、さすが様になる。
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そしてこの事務所は南部パタゴニアにとって外せないポイント。
というのも本当に何もないこの辺り、風が吹きさらしの大地でテントを張らせてくれて水まで入手できるということでチャリダー界では、かなりのホットスポット。
僕もここで一晩お世話になった。

そうして事務所の倉庫で野宿した翌日。

道は再びアスファルトからダートへ。

チリのダートと違って、アルゼンチンのダートはバカデカい石がもりもりしていて振動がスゴい。
ハンドルをしっかり押さえてクリアしていく。

冒頭のザ・パタゴニアといった荒野の写真はここで撮ったものだ。
そうして四時間ほど走って休憩していたら気付いた。

ん?何かハンドル周りが寂しいな…
あれっカメラさん?
カメラさんってばいないじゃん!?
カメラを…
カメラを落としたー!!

いつ?どこで?
探しに戻る?

水も限られているこの状況で?

そもそもこんなだだっ広い荒野で見つけ出せるのか??

色々な葛藤が頭をよぎったがとりあえず一時間だけ戻ることに。

足下に意識を集中して、なるべく自分がつけたであろう轍を辿ること30分。
太陽に反射してキラリと光る銀色の基体が。
あったー!!

喜び勇んで、カメラに駆け寄るも何か違和感が。

蓋が開いて電池やSDカードが飛び出している。

カメラを取り上げ裏返してみると、違和感の正体が明らかになった。

カメラの骨格があちこちあり得ない方向に飛び出て、液晶はある一点から放射状に亀裂が幾筋も走っている。

落とした衝撃だけではない。
何か強い力に蹂躙された傷だということは明らかだった。

そしてその力の正体を僕は知っている。
車だ。
もともと一時間に一台程度しか車が通らない道。
戻って30分でカメラを見つけた時間を考えれば、すれ違った車は僅かに一台。
あの野郎!!
と、ここで、怒ったところで、この怒りをぶつける矛先は遥か数十キロ先に行ってるだろう。
まずはエクアドルから旅を共にしている相棒を救わねばならない。
僕は叫んだ。
誰か!近くに医者はいませんか?!
『メェー(僕でよければ?)』

近くの羊が返事をする。
くそっ!お前じゃないんだよ!
もともとこの数十キロ人は愚か、家すら見かけていない。
こんな状況で医者を探すこと自体が無謀なのだ。
やむを得ず、自分で緊急外科手術をし、骨格を戻す。
心臓(電池)と脳ミソ(SDカード)も押し込んで、そして心臓マッサージをする。
返ってこい!返ってくるんだー!!

逝くなー!!
…ゴフッ。
僕の願いが通じたのか、カメラが息を吹き返した。
…かのように見えたが、液晶も映らず、レンズも内部でカタカタ動く音がするだけだった。
絶命寸前のカメラが最後の力を振り絞り、僕に囁いた。
『もう私ははダメだ。
最早、目が見えない。
私に構わず先へ行くんだ。

ありがとう、君と旅ができて…よか…っ……』

緑のランプが消えてカメラは息絶えた。
再び羊が
『メェー(ご臨終です)』

と。
カメラーっ!!!
これは、誰もいない荒野での誰も知らないあるカメラの物語。
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