2013年3月9日土曜日

土砂降りの帰宅道

カンポに向かう日は相変わらずの空模様だった。

午後の出発予定なので午前中はいつもと変わらぬ時間を過ごす。
子供たちもいつものように宏一さんの乗る自転車に付けられたトレーラーで幼稚園に向かっていった。

雨がひどかったら、出発は取りやめようかなんて話していると
たちまちキャビンの外は激しい土砂降りに見舞われた。

キャビンの窓からは、ラフンタの水源となっている滝が見えるのだが、
その滝がいつにも増して勢い良く流れ落ちていた。

『こりゃあ今日は延期かぁ』
そう宏一さんが残念そうにボヤくと雨脚が弱まってくる。
『いけるかー??』
しかし、一時間ほどでまた雨が強くなる。

宏一さんは厳しいかなーなんて呟きつつも、
『あ!なんか空が明るくなってきたぞ!』
と必死に今日行くための理由を探している。

『ねぇ、行けちゃうんじゃないの、亜衣ちゃん!』

「もう!どっちしたって今日行くんでしょー!」

早く山に戻りたくってそわそわしている宏一さんと、
宏一さんを信頼し、彼の行く道を一緒に歩いてきた亜衣さん。
そんな二人のやり取りが見ていて、微笑ましくも憧れのような気持ちを覚えた。

雨は止むことはなかったが、これ以上強まることはないと判断し出発することに。
村から20km離れたカンポの入り口までは村の人の運転するピックアップに乗せていってもらう。
帰りは僕は一人で下山することになるので、自転車も載せてもらう。
自転車とこれから4人家族3週間分の食料を積むと荷台はあっという間にいっぱいになった。

ドロドロの道をガタゴト進み、20km地点までやってきた。
とここで誤算が。
中渓家の暮らす山小屋は巨大な牧場の中にあり、牧場を横切って入っていく必要があるのだが
今回に限って牧場の入口に鍵が締まっていた。

普段ならここから300mほど離れた麓の小屋に一時的に荷物をデポし
それを数日かけて荷揚げしていくそうだが、
今回はその300m先の小屋までも荷物を運ぶ必要がある。

おまけにここに来て雨が再び本降りになってきた。
考える時間の間に荷物が濡れてしまうので、僕と宏一さんで手分けして小屋へと運んだ。
4往復ほどで運び終えたものの、これはまだ前哨戦でやっといつものスタートに立ったばかり。
なのにだいぶ僕は体力を消耗している。

この先は1.5kmほどの山道が待っていて、ひざ下まで埋もれるどろんこ道が待っているという。

大丈夫かな。

若干不安はあったものの、ここまで来た以上引き返すことは出来ない。
自分の荷物を肩から下げて、小屋を目指した。

林木の伐採場を抜けると本格的な森に入った。
そしてキャビンにいた時からさんざん脅かされ続けてきたどろんこ道が始まった。
僕は長靴を持っていなかったので、濡れてもいいようにサンダルで突入。

一歩目からズブズブと黒く粘土質の泥に吸い込まれた。
ひざ下までというのは大袈裟な話だが、足首まで楽に埋もれた。

一歩一歩に力を込めないと足が抜けない。

後ろの方からは「はまっちゃったー!」と亜衣さんの声が。
振り返ると、本当にひざ下までズブリと埋まって身動きが取れなくなっていた。
『亜衣ちゃんがんばってー!』
となりで一心くんが叫ぶ。
弟の幹太くんこそ亜衣さんがおぶっているが、一心くんは自力でこのマッディなトレイルを歩いている。
凍えるような雨に打たれてもじっと我慢する幹太くんだってすごい。
本当に大したものだ。

ただ単に“家に帰る”だけなのに、そんな行為がこんなに過酷だとは。
ただ振り返ってみれば、一昔前までは天気が崩れれば、日本だって同じようなことになっていた地域だってあるはずだ。

泥んこの森を抜けると、視界が開けた平原に出た。
とはいっても引き続き道は油断ならず。
足の幅一本分のか細い橋、倒木の遮る道を何度も超えて、やがて中渓家の現在の居住地の小屋が見えた。
やっとの思いで小屋に滑りこむ。

『いやあ,こんな土砂降りの山入りは初めてだったよ』
と宏一さんが笑う。
なんだか僕もこの状況が可笑しくなってきた。
子供たちも「カンポに着いたー!」と大喜びだ。

電気も通ってないし、隣人だって数km先?というような場所だけれど、この土地は彼らにとってかけがえのない“我が家”なのだ。
こうやって苦労して帰る家だからこそ、家がある喜びを噛み締めることが出来るのかもしれない。

僕も安堵したいところだったが、ここでもう一仕事。
食料を運んでこないと食べる物がない。

僕と宏一さんでザックを背負って、麓にデポしてきた食料を取りに来た道を戻った。
行きは小一時間かかった道も戻りは30分もかからず下りてこれた。

60Lほどのザックに食料をありったけ詰めて再び山小屋を目指した。

再び泥んこ道を歩いていると、歩いた場所が悪かったのか、思い切りずぶりとハマッてしまった。
力任せに足を抜こうとしたらサンダルのソールが剥がれてしまった。

その後なんとか脱出出来たものの、壊れた山道をサンダルの唯一生き残った部分のつま先だけで
歩かねばならず、なかなかに大変だった。
だから、再び山小屋が見えたときは、最初に到着した時よりも感動した。
小屋の前で宏一さんとがっちり握手。

家に入ると、亜衣さんが薪ストーブをガンガンに焚いてくれていて、
手持ちの食材で食事の準備もしてくれていた。
濡れた衣類を着替えて夕食を撮り終える頃には闇夜がすぐそこまで迫ってきた。
蝋燭を焚いて、寝る準備をする。
するといってもほとんど亜衣さんがやってくれ、布団まで出してくれた。
この布団だって、あの山道を担いで持ってきたそうだ。

気がつくと体が随分と疲れていた。
心なしか熱も少しあるようだ。

これ使ってよ、と亜衣さんが薪ストーブで沸かしたお湯で湯たんぽを作ってくれた。
調理をし、洗濯物を乾かし、暖をとるこの小屋に限らず、電気のあるような家庭であっても薪ストーブは未だに暮らしの中心だ。
調理をし、洗濯物を乾かし、暖をとる。
バチバチと薪が爆ぜた音は何よりも力強く、
空気をつたって柔らかくなった炎がじんわり体の中へ溶け、心地いい。

いつしか、深い眠りへと誘われた。
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