ピスコから南に90km。
中堅都市のイカにやってきた。
市内には有名な博物館がいくつかあるそうだが、そこには目もくれず市内中心部を経由して向かった先は郊外。
郊外の砂丘を越えたところには…
オアシスがあった。
イカ郊外にあるこのワカチナという場所。
正真正銘、砂漠のオアシスで泉には水がこんこんと湧き出ている。
もっとも泉の周りはぐるりとレストランやホテル、土産物屋で囲まれ恐ろしくツーリスティック。
欧米人ツーリストが、今までどこに隠れていたのだろうと思うぐらい溢れていた。
悪く言ってしまえば、全く風情はない。
泉自体もちっちゃい池といった感じで、僕も到着した時は『えっ、これなの?』と思ったくらいだ。
オアシスの入り口にあった国際ユースに投宿し、裏の砂丘に登って見ることに。
裏の砂丘の麓にはサンドバギーがごうごうと唸りをあげて待機していた。
砂漠を走るための軽量化で武骨なフォルムが意外とかっこういい。
砂丘のずっと向こうにあるもう一つのオアシスに向かうツアーのようで、
十数人を乗せたバギーは驚くほどなめらかに疾走し砂丘の向こうに消えていった。
一方の僕はというと。
砂漠をあるくというのはけっこう重労働で踏ん張りは利かないし、微粒子の砂があらゆるすき間を逃さずサンダルに入り込んでくるので足取りも重たい。
ここはサンダルを脱いで裸足で歩いてみることに。
裸足になって驚いた。
砂漠表面は強い日差しに照らされてじっとしてられない程に熱いのだが、一度足を砂の中に突っ込むとひんやりして冷たい。
今までにない不思議な感覚。
しばらく歩くとオアシスを見下ろせるところまで来た。
砂丘の反対側は見渡す限り何もない無の砂漠が広がっていた。
もうじき日がくれるのでこのままここで夕暮れを待つことに。
少しづつ日が伸びていく度に砂漠はその陰影のコントラストのみで刻々と表情を変えた。
時折吹き付ける強い北風は、波間のようなうねりを作り出す。
これ以上ない細やかな砂粒は、重力に忠実にサラサラと下方に流れていった。
景色は絶え間なく変る。
この瞬間この瞬間が二度とない景色。
ペルーに入ってずっと続いていた砂漠地帯。
この砂漠自体は遥か南チリまで続いているが、明日からこの海岸砂漠地域に別れを告げ、内陸に入っていく。
正直なところ、あまりいい思いはしていなかったが、最後の最後にとっておきを見れた気がする。
振り返れば、風情のないオアシス都市が広がってますが。。
やがて日が暮れる。
砂漠の奥のほうでサンドボードに興じる若者たちがいた。
日が暮れた。
太陽が沈み、再び砂の濃淡が均一に近づいてくると同時に、あたりの温度も急速に冷めていった。
あっという間にシャツ一枚では耐えられない寒さになって慌てて砂丘を駆け下りる。
丘を下り終えると、ちょうどサンドバギーもツアーを終え帰ってきたところだった。
とバギーから手を振る影が見えた。
僕からはよく見えなくてホステルが一緒の人かなと適当に手を振り返す。
近くまで行ってみると、、
江田インで一緒だった米須夫婦だった。
お二人は僕より一日早くリマを出てワラスに行って、その足でそのままここにやってきたそう。
実はちょうどここに着いた時『いまどこですか??』と奥さんのひろみさんにメールをもらっていたのだが
図らずももここで再会となった。
もっとも二人からしたら『あー!!砂丘から伊藤さんが!!!』って感じだったらしいが、あまりにそっけなく僕が手を振るもんだから、『人違い??』って思ったらしい。
すみません、よく見えなかったもんで。。
その後、二人とレストランに入ってビールを囲みながらワラスの話や江田インの話で盛り上がる。
このあとはアレキパに向かうという二人。
僕が順調にアンデスを登れればクスコで再会できそう。
アンデス山脈を越える理由と楽しみがまた一つできた、砂漠最後の夜。
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