映画の撮影も終了し、いよいよこのアグアスカリエンテスに滞在する理由がなくなってしまった。
けれど、一ヶ月半もの間、定住生活を過ごしてしまうと再び流浪の生活に戻るには少々骨が折れるように感じた。
実際に浅草のお客さんたちには“今週発ちます”なんて行っておきながら結局その週が過ぎてしまったり、
覚悟を決めた日に限って体調がすぐれなかったりと、どうにも旅立てそうになかった。
これが、強制的に出発を迫られる飛行機であれば無理やり出発できるのだろうけれど、
バスでシティに戻るとなるとそうもいかなかった。
そこで少し旅の感覚を取り戻すために二泊三日の小旅行に出かけることにした。
行き先はミチョアカン州モレーリア。
メキシコの各都市の例に漏れずコロニアルな街並みを持つこの街の近辺には多くの観光地がある。
西にはパツクアロ湖、ここに浮かぶ島には独立革命の英雄モレーロスの銅像が立ち
また死者の日の中心地としても有名だ。
東に行けば、毎年カナダから越冬のためにやってくるモナルカ蝶の群生地がある。
モナルカ蝶の群生は一億匹ともいわれ、圧巻の光景だそうだ。
11月末はこのモナルカ蝶のシーズンの始まりで翌3月頃まで楽しむことが出来る。
蝶を見れる時期的にも、モレーリアに行くにはピッタリだったのでこの小旅行と相成った。
ザックに着替えとカメラを詰め込んで、バスで6時間、モレーリアに到着。
バスターミナルからタクシーでセントロへ。
郊外からセントロへ向かう街並みは、明らかに所得の少ない貧民街と分かる寂しい住宅地が続いた。
ここミチョアカン州はメキシコの中でも先住民の人口比率の特に多い州。
裕福なアグアスカリエンテスと比べると、街並みも人の着ている物も差は歴然であった。
ところがセントロエリアに入ると街並みは、ヨーロッパ風の石造りの綺麗な街並みに一変した。
これまでに訪れたコロニアル都市は少なからず色使いの鮮やかなメキシコ風のエッセンスが見られたが
この街はヨーロッパの都市をそのまま再現したかのような重厚さが印象的だった。
この日はどんよりとした曇り空だったのだが、それがまた街並みにうまくはまっていて
どっしりと構えた街並みは太陽の国メキシコの都市の中では異色に思えた。
道路区画も賽の目に区切られ歩きやすく、セントロの中心には歴史を感じさせるカテドラルが鎮座している。
さっそくカテドラルから程近いホステルに投宿し、再びセントロへ。
今日のミッションは、モナルカ蝶のツアーを手配すること。
そういえば、泊まったホステルの近くに一泊60ペソ(360円)の激安宿を発見したのだけど、
部屋を見せてもらったら独房のような部屋だったので辞めた。
そして夜、そこを通りがかったら綺麗におめかしをした“お兄さん”が宿の前に立っていたのであった。
セントロ周辺には観光案内所のブースがいくつかあり、そこでモナルカ蝶の手配はあっさりついた。
日暮れまでいくらか時間がまだあったのでそのまま街をぶらつく。
特に目的もなくブラつき、歩いている中で目に入ったモレーロスの家や、壁画などを見ているうちにやがて日が暮れだした。
カテドラルの角にあるバーガーキングでたいして美味くないハンブルゲッサと油がギトついたポテトを食す。
食べ終わる頃には、日頃浅草で日本食にどっぷり漬かっている僕の胃腸は悲鳴をあげたのであった。
お店の外に出ると、街には闇が降りてきていた。
夜のモレーリアは街灯に灯された柔らかな明かりが石造りの壁に鈍く反射していた。
それが重厚な街並ににピッタリとハマって昼とはまた別な一面を演出していた。
やっぱりこの街は他のコロニアル都市とはひと味違うなぁ。
で、翌日。
朝9時にモナルカ蝶ツアーのバスがピックアップに来るとの事だったので待ち合わせ場所であるカテドラル前へ。
案の定、時間通りには来ない。。
待つこと30分でようやくやってきた。
遅れてやってきたツアーコンダクターのおばさんは開口一番
“今日モナルカ蝶を見に行くより明日にしない?”
と僕に勧めてきた。
というのもモナルカ蝶は晴れの日にしか活動をしない生態であって
今日は生憎の曇り空。
わざわざ見に行っても、蝶の飛来する光景を見れる可能性は薄いということもあって
せっかくだから明日にしては??と提案してくれているのだ。
ベストな光景を見せるために、日を変えようと提案してくれるのはさすが、観光のプロ。
明日もモレーリアに滞在したって全然構わないけど…
けど…
けどなぁ…
明日の方が天気悪いんじゃー!!
モナルカ蝶の生態を事前に予習してきた僕は、事前に天気予報をチェックしていた。
滞在3日間の予定のうち、天気が比較的ましな日が今日しかなさそうだったので
昨日モレーリアの到着して早々、モナルカ蝶のツアーを手配したのだった。
ということでおばさんよ、親切心で言ってくれるのはありがたいが、
その日の空模様のみで、適当なことは言わんでおくれ。
そして遅刻しないでおくれ。
おばさんの提案を一蹴し、バスは4時間掛けて山の中へ。
モナルカ蝶の拠点となるアンカンゲオの村は、標高も高くかなり寒かった。
アンカンゲオは絵に描いたようなド田舎で道も急坂の連続で未舗装路も多い。
なにより薪ストーブの煙突から出る燻された煙のニオイが高地のド田舎感を醸していた。
バスで行けるのはここまで。
ここからは山の中を歩いてモナルカ蝶の保護区へと進む。
モナルカ蝶はこの広大なメキシコの山中の限られた一画にのみ飛来するのだ。
山の中に入ると天気は時折小雨もぱらつく最悪っぷり。
いや、明日くるよりはましだろうと思いながら一時間。
トレイルのどん詰まりまで来ると、何やら周辺の木々が異様な色と形をしているのが見えた。
とゆうかこれ、蝶の群生だ。
蝶は曇り空では活動をしないというのは本当のようで一匹たりとも道中会わなかったし、
この群生地に来ても飛んでいる蝶は皆無で全て周囲30m四方の範囲の木にびっしりと張り付いていた。
かなり異様な光景だ。
よくよく目を凝らしてみてみると、蝶の重さで枝はもちろん幹もゆらゆらと揺れている。
いったいどれだけの蝶が集まっているんだろう。
ハイシーズンになると、付近には絶命した蝶が道すがらにわらわらと落ちているらしいが
僕が訪れたこの日はまだシーズンの始まりということもあって、蝶の死骸も特に見なかった。
この群生を見れただけでも圧巻だったが、せっかくならばなんとか飛ぶ姿も見てみたい。
いっそ、この木の幹にドロップキックをかまして蝶を蹴り落として無理やり飛ばせようかとも思った。
(もちろんそんなことは出来ないよう保護区直下には入れないようになっている)
そんなことを考えていると、一瞬だけ晴れ間が森の中に差し込んだ。
光が差すと、薄暗い蝶の塊にも色があることに気がつく。
そして一匹、また一匹…と巨大な影をつくっていた枝から蝶が羽ばたきだした。
光の届いたところから、順に少しづつ蝶が舞い始める。
もちろん曇り空の中から差し込む僅かな晴れ間なので快晴の時のエネルギーに比べれば非常にわずかだけれど
その小さな太陽を求めて蝶は縮めていた羽を目一杯広げ、全身で光を浴びようとしていた。
太陽は20分ほど顔を出した後に再び雲の中へ隠れてしまった。
その短い時間であったがゆえに蝶が舞い狂う驚異の光景を見ることは残念ながら出来なかった。
けれども、曇り空で蝶が群生する様子、太陽を受けて羽ばたき出す様子2つを見れたのはある意味幸運だったのかもしれない。
夜、モレーリアに戻るとアンカンゲオで知り合ったブラジルの女の子2人に誘われて飲みにいった。
(泊まってるホステルが一緒だったらしく、声を掛けられた)
片方の女の子がメキシコシティ在住で、来週シティにあるソチミルコという水路に行きましょうと誘われた。
これは、僕が浅草を出てシティに戻るためのきっかけになるかもしれないと即決で約束した。
翌日はやはり天気予報どおり雨交じりの曇り空。
昨日蝶見に行っておいてよかった。
この日は西のパツクアロ湖に行こうと思っていたが、この天気で肌寒かったので中止し、
アグアスに戻りかけに途中にあるレオンによることにした。
ここレオンでは以前グアナファトで知り合った栄紀さんのところに寄ったのだが、残念ながらいなかった。
けれど息子さん夫婦には会えたので、先日のお礼をしつつ、美味しいカツ丼を頂いた。
2泊3日の非日常。
けど、この小旅行のおかげで旅する感覚が戻ってきた。
いま、このタイミングを逃すと完全に旅立てなくなりそうだったので
アグアスのバスターミナルに戻ってきてすぐさま、カウンターに行ってメキシコシティへと戻るバスチケットを買い求めた。
再び非日常を日常とする日々へ。
浅草に戻った僕は、これだけ長居しといて今さら“明後日でます!見てください!”と偉そうにバスチケットを掲げてみせたのだった。
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