2011年11月15日火曜日

メキシコ最重要人物タチート


『おう、こんちは、どこの会社の人?』
僕と目が合ったおじさんは、僕に声をかけてきた。

いえ実はカナダから自転車で…

とさっきのおばあさんと同じ流れでおじさんに説明。

すると
『なにぃ!カナダから!?ちょっとどこ通ってきたんだよ!?』
と、ものすごい勢い。
『あとちょっと早く来たら今日、俺の番組に出させてあげたのに!!』

えっ、番組??話が突飛すぎてイマイチよく分からない。
旅の経緯をはなしていると、馴染みのお客さんが来店。

『ちょっと聞いてくれよ、この兄ちゃん自転車でカナダから来たんだってさ。
だから、俺の番組にだそうと思ってんだよ』

未だにこのおじさんが何者なのかつかめない僕だったが、その馴染みのお客は、
ふんふん、いいねぇと特別驚くこともなくおじさんの話を頷いて聞いている。
いやいや本当に一体何者なんだ??

おじさんは再び恐ろしい勢いで話し始めた。それを聞く常連客、唖然する僕。
それぞれがそれぞれの役回りに回っていたのが今思い返すと面白い配置だった。

 止めどなく続くマシンガントークの断片から話をまとめると、このおじさんはさっきのおばあさんの息子さんで
周りからはタチートって呼ばれていてメキシコでTVに出ていて、
料理人で、今は貿易関係の仕事もしていて…

むむ、余計に訳わからん。

けど、混乱する僕を尻目に猛烈な勢いで話すおじさんの話からは
何か瞬時に物事を見抜くセンスのようなものが随所に垣間見られた。
例えば、こんな話。
『人と同じことをしちゃ面白くない。先人の通った轍をいかに自分の色にしていくかが大事なんだぜ。
バックパッカーや自転車乗りなんか世の中に五万といるんだから。
同じことしてちゃ意味ないぜ?人と違うことをしなきゃあ』

と見事に旅の核心をついてくる。むむ、確かにそうだ。
そしてこう付け加えた。

『だから、兄ちゃんはアルゼンチンまで行くなら、七輪持って南極に渡ってその辺のペンギンとっ捕まえて
焼いて食うんだよ。世界中から非難されるぜ、ガッハッハッハ!』

な、なんちゅう人だ…

『まぁこれは冗談だけなぁ、でもそんぐらい人と違うことをプラスαでやっていくことに
兄ちゃんの旅は兄ちゃんだけの旅になっていくんだぜ』

まさしくその通りです。


その後、話の勢いそのままに2階にある事務所に場所を変えてタチートさんのトークは続く。

タチートさんこと加瀬辰雄さんは1975年にメキシコに渡墨し、独学でスペイン語を習得。
程なくして、メキシコの芸能界に進出し、TVやミュージカルなどに出演していたそうだ。
ちなみにメキシコへ来る前はハワイでサーフィンに明け暮れる毎日。
僕らが想像する60年、70年代を地で行った人物だ。
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事務所には、タチートさんの若いころの写真と共に、習字や油絵も飾られていた。
どれもこれもタチートさんの作品だそうだ。
写真の中にはサックスを吹く姿も。
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本当に多才すぎてビックリしてしまう。
さっきセンスという言葉を使ったけれど、こういう人はあらゆることに驚異的なセンスを発揮して
どんなこともフィーリングでこなしてしまうらしい。
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先人の道を歩まずに自分自身の道を体現しているタチートさん。
偶然とはいえ、少しづつタチートさんのことを知っていくにつれ
さっきまでの唖然とした気持ちは消えて、凄いとか面白いとかが入り混じった不思議な気持ちになった。

『俺と知り合ったんだからTVに出なきゃ。こんなこと他の自転車野郎はやってないぞ?
これはお前が捕まえた運命なんだよ。だから来週までいろよ。
飯は食わしてやるからよ、明日も来いよ』
言葉は乱暴だけど、タチートさんの言葉の節々には男気のようなものも感じられた。

24時近くまで続いた宴を切り上げ宿に帰って、今日あの食堂で起きたことを振り返りながら再びPCで検索してみた。
“メキシコ タチート”と…
検索してビックリ。
メキシコ芸能生活30年以上を誇り、メキシコ中にその名前は知れ渡っている。
かつて日産自動車のブランド名が“DUTSUN”だったのを“NISSAN”に変更する際の
TVコマーシャルを演じたのも彼だ。
人は言う、タチートこそメキシコで一番有名な日本人だと…
そしてこのタチートこそ、僕がお昼に日本食レストランを探していたときに、見かけたYouTubeの謎の男性だったのだ。
映像の中でラーメンを作る彼こそが、今日食堂で出会ったタチートさん本人だった。
あの映像を見ていなければ、日本食を求めてあの食堂に足を運んでいなかっただろうし、タチートさんとの出会いもなかった。

人は窮地に陥ったり、思いがけない状況でときたま信じられない能力を発揮することがある。
あの時“トンカツ食いてぇ!”と心底思った欲求も、その人に秘められた何か信じられない力の一つかもしれない。

そういえば、タチートさんは食堂でのトークで“運命を自分の意志で掴み取ること”
『運命自招』という言葉を僕に言っていたことを思い出した。
何がなんでもトンカツ食べる!という思いから広がった出会い。
これもまた一つの運命自招の形かもしれないなぁ。
運命とトンカツ、響き的にどう考えても釣り合わない言葉同士ではありますが(笑)

それにしても…
ふらっと立ち寄った街が気に入って連泊して、思いがけない出会いがあって…
人生は分からないもんだ。面白くなってきたぞ!

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